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鍾愛 50

「お帰り!」

IDカードを照合して、病室に戻ると、
つくしの元気な声に出迎えられ、心底ホッとした
おおしけの中で、船出した俺達に、想像以上の運命が待ち受けていた

「気分転換に、外で、メシでも食うか?」

つくしは、敏感に、何かが起こっていることを感じ取っている
ここは、ある程度、守られた砦ではあるが息が詰まる
ドクターから外出許可を貰い、晴れて恋人同士になった
俺達の記念すべき初デートをすることにした

「外に出てもいいの?ちょっと退屈してたんだ!」

「買い物でも行くか?」

「散歩に行こうよ。梅の花が見ごろだってテレビで言ってたから
 見にいきたいんだけど、ダメかな?」

「散歩ねぇ・・・梅干しの花が見たいのか?」

「どうして、そう言う発想になっちゃうワケ?」

「まっ、俺も、リフレッシュしたいから、行くか!」

「うん!」

姉貴が買ってきた洋服を着て、子供みたいにはしゃぐ、
つくしの姿は、これから待ち受けている荒波の中で
一筋の希望の光が射し込んでくれそうな気がした

「やっぱり、外は気持ちいいね!何よ?」

「タクシー乗らねえの?」

「タクシーなんか乗ったら散歩になんないでしょ?
 ほら、行くよ!」

「歩くのかよ、カッタルイなぁ」

俺を置いてけぼりにして、ズンズン歩いてゆく、
つくしは、全く気がついてない。そう、俺達が、恋人同士だって事を

「ううん・・・ううん」

わざとらしく咳払いをしてみた

「どうしたの?喉でも痛いの?花粉症?」

「お前よ、冗談言ってんのか?アホが」

「なによ、アホって、人がせっかく心配してあげてるのに」

「ほれ」

「?????なに?」

「手ぇ繋いで歩かねえの?」

「あたし達、いい年してんだよぉ。高校生じゃあるまいし」

「俺が、手ぇ繋いで歩きたいんだよ!悪いか?」

「えっ?そ、そうなの・・そう言うの嫌いだと思ってた」

「触りたいに決まってんだろ、あっちこっち」

「やだ、真っ赤にならないでよ」

「お前だって、茹で蛸見てぇじゃねぇか
 やりにくいな・・・ったく・・・どこまで行く気だ?」

「天満宮。梅祭りしてんだって」

つくしが、俺の指先に何度も触れてきて合図を送ってきた
こんなに小さかったのか?と思うほどすっぽり収まる手を掴むと
ふたりして、寄り道しながら天満宮を目指す
こんなに歩いたのは何年ぶり・・いや、10年以上かも知れない
野良猫を見つけると、駆け寄って
こんにちはにゃ!なんて、やってるお陰で、ちっとも目的地に
着きやしねぇ。たまには、道草と言う暇つぶしも悪くはないと思えていた
1時間以上かけて、やって来た寺院の梅は満開で
ふたりして、その美しさに、魅入ってしまっていた

「奇麗だね・・」

「そうだな。せっかく来たんだから、祈祷してもらうか?」 

「なんの?」

「とりあえず、家内安全と厄除けだな!ババァとオッサン退治だよ」

「誰それ?」

能天気な顔して聞いてきた、つくしの鼻先を摘まんでやったら
クシュンとくしゃみをする。変な奴だ・・・全く

「げぇっ!ご祈祷料って、3万円だって!」

「お前、変なとこでセコいな」

「そりゃそうよ。あたしの1ヶ月分の食費より高いんだから」

勿体ないだの、グタグタ言ってたくせに
結局、祈祷後は、浄化されただの、厳かな気持ちになれただの
大いにありがたがっている。単純な奴だと思いつつ
お守りを二つ買って、天満宮を後にした
そのあとも、散策は続き、病院へ帰って来たのは夜の8時
半日歩き回った俺達は、シャワーを浴びた後、
早めに、ベッドに潜り込でいた
昨日の夜から、ベッドを共にしているが、
お楽しみは、お預け状態で、それでも俺は満足していた

「一緒に暮らさないか?」

「いきなり、そう来る?」

「そのために、家内安全の祈祷して貰ったんだから」

「そうだね・・・・・」

「そうだねって事は、オッケーか?おい、聞いてんのか?
 はぇっ。もう寝てやがる」

たった、数分で寝落ちかよ。今日は良くある歩いたからな
おやすみ・・・聞こえてねぇが、夢の国へ行った
お姫様の額にキスをした

==========
翌日

「おはよ」と、声をかけたのに、ガン無視される

つくしは、ソファーに座って、テレビにかじりついていた

「コーヒー飲むだろう?」

「・・・・・・・・・・」

「何、カリカリしてんだよ?ご機嫌斜めじゃん」

俺が、つくしの横に座ろうとすると、テレビのリモコンを
押し付けてきた
視線を移せば、ワイドショーの芸能レポーターが
興奮気味に話している。よくみると
底意地の悪い女、みずきが映し出されていた

「椎名みずきさんが、電撃引退を発表しました
 どうやら、兼ねてから、噂のある青年実業家、Dさんと
 結婚準備のための引退ではないかと言われておりまして・・・」

「ふーーん。こんな性格の悪い女に惚れる物好きもいんのか」

「あんたの事よ!」

「あぁ?!何で、俺なんだよ!」

「あたしのこと、からかって面白がってたんだ
 バッかみたい!」

「何だよ、それ。くだらねえワイドショーの事なんか信じんのか」

「信じるわよ!自分の目で確かめなさい」

そう言って投げつけられたスポーツ新聞
あの日のパーティーの写真が、デカデカと掲載されていた

「どこ行く気だ」

「もう、大丈夫だから帰る」

パジャマを脱ぎ捨て、あっという間に部屋を出て行ってしまった

「待てよ!まてったら」

ガシッ

逃げようとする、つくしを捕まえて部屋に連れ戻す
ババァの幼稚なマスコミ操作は、俺に取っては想定内でも
つくしには、通じない。

「あの女と結婚する気があったら、ここに居ると思うか?
 言っただろ?茨の道だって。それでも、ついてきてくれるって言ったよな
 あれは、違うのか?そんなに軽く見られてる方がショックだよ
 お前にとって、俺は、それまでの男って事だ
 信じられないって言うのなら、好きにしろ。もう、何も言わない」

「・・・・・・・・・」

突き放すしかない。優しい言葉をかけても、
つくしの性格なら、余計、反発するはずだ
それにしても、この女、ドジなのか、焦ってたのか?
それとも帰る気がなかったのか?足元を見れば、裸足だった
ドアの前に、突っ立ったまんまで動かない
俺は、敢えて、無視し続けた。こんなことで座礁するようでは
大しけは乗り越えられない。一緒に泥舟に乗る覚悟がなければ
沈む前に降りた方がいい。
あれから30分過ぎても、つくしは、黙ったまんまだった

「今日も、散歩に出かけっか?天気も良さそうだし」

「・・・・・」

「そんなとこ突っ立ってないで、こっち来いよ」

ペタペタと素足で歩く音が近づいてきた
俺の膝の上に座らせて、抱きしめてやる。この異常な世界を
わかってもらうには、まだまだ時間がかかりそうだ

「お前、昨日、一緒に暮らすって言ったよなぁ?
 撤回は、許さねぇぞぉ!」

これで、少しは、わかってくれたのか?
俺は、つくしの小さな手を包んでやる事しか出来なかった
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