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鍾愛 77

桟敷席で、幕間につくしが作った焼おにぎりを頬張る
この日の演目は、野崎村

裕福な商家のお嬢様お染は丁稚久松と許されぬ恋に落ちた
しかし久松にはお光という許嫁がいる
野崎村の実家に戻された久松はお光と祝言を挙げることになるが、
喜ぶお光の目の前にお染が現れ、正月間近ののどかな田舎家で
展開する、若い男と二人の娘の恋模様は、
痛ましいまでの哀しい幕切れへと向かう悲恋物語だった

初めて観劇するつくしは、司の勧めもあって
イヤホンガイドを借り熱心に見入っていた
アルコールが分解されてきたからか?
二日酔いだった司も頭痛と気怠さから解放され
久しぶりの舞台を堪能する事ができた

「どうだった?」

「難しいと思ってたけど面白かった」
 
「気にいったか?」

「うん。日本の伝統芸能なのに、なんとなく敷居が高くって
 別世界のものだと思ってたけど、観たら感動しちゃった!
 お話は、悲しかったけど・・・」

観客の波が、出口に押し寄せている間
ふたりは、席に座ったまま待っていた

「今度は、文樂でも見に行くか?」

「文樂?」

「人形浄瑠璃の事だよ。歌舞伎の演目を人形を使ってやるんだ
 オペラもいいぞ・・どうした?」

「あたしって、何にも知らないんだね
 限られた小さな世界でしか生きて来なかったから」

「それを言うなら、俺も同じだよ。知らないことだらけだ
 俺が知らないことをお前が教えてくれたらいい
 お前が知らないことは、俺が教えてやるからよぉ」

「あたし・・・司に教えてあげる事なんて、なぁーんもないよ」

「俺は、そうは、思わねぇけど?」

「また、連れて来てくれる?」

つくしが、にっこり笑い確かめるように小指をだした
司にとって、指切りは約束ではなく別れを意味するように思えて
戸惑っていた。なかなか小指を出してくれない司に
つくしは、立てていた指を倒すと膝の上に置いた

「指切りは嫌いなんだ。俺の約束の仕方はコレだから」

つくしの前髪を少しだけ手のひらであげると、
チュッと額にキスを落とし小さな手を包み込んだ

「どうする?なにか食って帰るか?」

「少し疲れちゃった」

「帰っか・・・・」

「ごめん」

「実は、俺も帰りたかった!」

司は、肩が動くほどの深い呼吸をしていた
劇場を出てタクシーに乗り込むと、丁度いい揺れが
心地良かったのか、つくしは、司によりかかるようにして
眠りに落ちていた。口を半開きにした寝顔は子供みたいで
出逢った時は、勝ち気で、がさつさが目立ち
どちらかと言えば、苦手なタイプ
女として意識する事もなかったのに、ひたむきな性格
潔さと強さ、優しさと儚さを持ち合わせたつくしに
惹かれている自分を認めたくなくて
こんな女のどこがいいんだと、強がり、冷たい態度をとっていた

薬指にはめたシロツメクサの指輪に視線を落として
ブリザードフラワーにしたら、このままな可憐な花を咲かせ
続けるのだろうか・・と、らしくないことを考えていた
つくしと出逢って、失いたくないもの・・大切な物が
ひとつ・・・ふたつ・・・と増えていく
タクシーは、メープルホテルの前を通り過ぎ
ガラス越しに見た高層ホテルは部屋の明かりもまばらで
ここ数年の業績悪化を象徴しているようだった

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「お帰り!」

マンションに戻ると、類が自分の部屋から出てきて出迎えてくれた
司に買ってもらったワンピースを着たつくしを見て

「おめかして可愛いね。どこ行ってきたの?
 夕食は済ませてきた?」

珍しく畳みかけるように類が話しかけてきた

「まだだ」
 
「うちでピザ食べない?」

「ピザ!」

タクシーを降りて、寝ぼけまなこだったつくしが
途端に反応する。食い物にすぐつられやがると
司は苦笑いしてしまった
それも、つくしの良いところで、司が可愛いと思える
仕草でもあった

「試食も兼ねて、イタリアから送って来たんだ
 うちで取り扱うかどうか食べて見ないとね」

類は、商社の跡取り息子
海外の輸入食品も多く取り扱っている
こんな調子で大丈夫かと、周りが心配する程
マイペースだったのに、掴み所がないところは相変わらずだが
ビジネスマンとしての頭角を現し花沢物産の業績は伸びている

「オーブンの使い方が良くわかんないからさ
 つくしちゃんが焼いてくれたら助かるんだけど
 司、ワインどう?」

落としどころは、つくしではなく司だと言う事も
類は、ちゃんと心得ている
ふたりの返事を聞かずに、類は玄関のドアを開け
どうぞと招き入れた
シンプルな部屋のリビングは、ソファーとワインセラーだけ
未来の奥様ルームと違うのは、オープンキッチンになっている事

「キッチン使わせてもらうね」

「そこに解凍して置いてあるからヨロシク」

マルゲリータ、野菜のピザ、オルトラーナがシンク横の
調理台に置いてある
イタリア語がわからないつくしは、書いてある数字を拾って
オーブンの予熱を200℃に設定してスタートボタンを押した
類は、2つあるワインセラーから白を取り出して持ってきた
ワインセラーが2つあるのは、赤と白では保存温度が違うからだ

「飲んでみて。うちのワイナリーで作った国産のワイン
 まだ商品化してないけど、100%国産の葡萄を使ってるんだ」

用意していたワイングラスをテーブルに置き注ぐ
司は、グラスを持つと、色合いと風味を確かめてから口に運んだ

「悪くねぇな。でもちょっと水っぽい」

「そうなんだ。葡萄の糖度が足りないから苦心してるとこ
 毎年、質のいい葡萄が収穫出来るとは限らないしね」

「ワイナリーは、どこに作ったんだ?」

「山梨だよ」

「ボルドー地方に似た気候、風土なら他にもあっただろ?」

「これは、俺の道楽でやってるようなもんだから
 まだ、売り物にならないからね
 儲けたいってより本場に負けないワインを
 作りたい・・・俺の夢みたいなもん」

「出来たよ!」

焼きあがったピザを取り皿と共につくしが運んできた
ピザカッターでカットしてから、それぞれの皿に移し

「いただきまーーす!」

元気よく言ったのは、つくしだった
熱々のピザをかぶりと口に入れ
類が作ったワインを飲み目をまん丸にして
GOOD!と親指を立てた

「こいつが、美味いって言うくらいだから
 両方いけんじゃねぇ?一応、つくしには食の良し悪しは
 短期間で叩き込んだつもりだからなぁ」

「ワインはフルーティーだし、ピザも冷凍とは
 思えないクオリティの高さだよ」

「つくしちゃんなら買う?」

「買う!買う!買ってストックしちゃう美味しさだよ」

「あんまり、飲むな!酔いが回るぞ」

グラス3杯飲んだところで、
プシューっと風船が萎むように、つくしは倒れた

「ベッド借りてもいいか?」

「司さえ良ければ」

「チッ・・・・・」

類の匂いがつくだの騒いでた男が文句も言わず酔いつぶれた
つくしを抱き上げると、ベッドルームに消えて行った
眠っている事を確認し、額にお休みのキスをして
リビングに戻ってきた

「類、お前いつからタバコ吸うようになった?」

「ああ、これ?下のエレベーターんとこに落ちてたから
 拾ってきた。ゴミは目立つからね」

テーブルの下に転がる、ロングサイズのボックスタバコが
目に入った司は、手に取ると何かを感じて
中身を全部取り出し、箱を分解した
底から出て来たのは小型盗聴器
両手で線を引っこ抜きソファーに叩きつけた

「本気で盗聴する気はねぇんだろうな。これは威嚇だよ」

「司達が狙われてるとは限らないよ。トラブルは、ごめんだから
 このマンションは、法人貸しかしてないんだ
 それなりの企業に勤務してる住人ばかりだけど
 誰かが落とした可能性もあるんじゃないの?」

「そうかもしんねぇが、気分は良くねぇよな」

「ここの住人が落としたとしたら住居不法侵入にはあたらない
 そうなれば、違法にもならないから」

「そうだな・・・あいつとは別れようと思ってる」

「えっ?」

突然口にした言葉に、類が驚いて司を見ると
司は、うつむき悲しい顔を貼りつけていた
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