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鍾愛 94

お帰りなさいの声を訊けなくなった部屋のドアを開ける
司は、上着を脱ぎ捨て、ネクタイを緩め耳に当てた
携帯電話を離す事無く、つくしとたわいもない話をし
寂しさを紛らわせていた

「付き合わせて、すまなかった」

リビングの時計が、朝6時を指している

「大丈夫?」

「何が?」

「くれぐれも無茶しないで」

「それは、こっちのセリフだよ。お前、はちゃめちゃに
 頑張り過ぎるとこあっから」

「体力だけは自信あるもの。みんないい人達だよ
 そうだ!珈琲豆は、冷凍庫に入ってる。
 下着は、クローゼットの右端見て。タオルは・・・」

「自分で探すから心配すんな」

「わからない事あったら電話して」

「今日は、店に出るな。寝不足だしよぉ」
 
「・・・・・」

「また夜、電話する。それから隠し事はするな。約束だ」

「うん。お酒飲みすぎちゃダメだよ。
 ご飯も三食食べて。ねぇ、訊いてる?」

「訊いてる」

「じゃぁね・・」

「おう」

「おはよ。もしかして朝帰り?」

「似たようなもんだ」

なかなか切れない電話のあと、リビングに続くドアから
珈琲を手に類が入って来てソファに坐る司に渡した

「彼女、出て行ったんだって?」

「出て行ったんじゃねぇーよ!」

「逃がして正解だったね。海外に行った訳じゃないし
 司も動きにくいだろうから何かあれば
 俺が彼女の様子見に行くよ」

「下心無しで行けよ」

からかう類に司が噛みつく様に言った

「収穫は?」

「ねぇーよ」

「変な女だよね。上昇傾向が強いのはわかるけど
 毛嫌いされてるのに結婚したいんだ」

「んーなこと知るか!」

放置しているビジネス用の携帯は、みずきからの着信が
これでもかと言うほどあるはずだ。かと言って無碍な態度を
とり続けていては情報も入ってこない
珈琲を飲み干した司は、シャワーを浴びに行った

============

いつも通り出社した司を招かれざる客が待ち受けていた

「ごめんなさい。無理やり押しかけて
 こうでもしないと、お会い出来ないんですもの」

西田は、苦虫をかみつぶしたような顔を浮かべ
司は、嫌味なため息をついた
来客室に居たのは、みずきだった
アッシュブラウンの髪は、ふんわりと巻かれ
父敬一に似た、くっきりした二重瞼に、
司好みのナチュラルメイクを施し
膝丈のフェミニンなワンピースから伸びる一直線の脚は美しい
街を歩けば少なからずとも
男達の興味をそそる対象となる魅力を放っている

「今夜、お時間ありますか?お式に向けて
 色々、決めて行かないと間に合わないし
 それに、私達が住む新居の事とか、ご挨拶周りとか
 お父様は、司さんに従いなさいって申しておりました」

迷惑も考えず職場まで押しかけてきて、
ペラペラと嬉しそうに喋るみずきに、ウンザリしてしまった

「今日は、予定が詰まってる。日を改めてくれ」

「お電話頂けるのを待ってます」

初めて司が認めてくれたと、みずきは有頂天になって
顔をほころばせた。

立ち去るみずきから香るフレグランスは
彼女が好んでつけていたどぎついものではなく
ピュアな香りに変わっていた
みずきが、来社していることは楓の耳にも届いて
挨拶をする為、社長室にも顔をだし出てきたところで
訊こえた来たのは、エレベーター前の壁にもたれかかって
携帯片手に自分ではない女に、甘い愛の言葉を囁く司だった
嫉妬心で燃え尽きそうな怒りの矛先は、つくしへと
向かっていた。あの女、許せない

==========

持ち前の明るさと、人懐っこい性格のつくしは
店のスタッフの一員として受け入れられ
忙しくしている方がいい。余計な事を考えずに済むと
裏方の見習いとして懸命に働いていた
予約客で満席だったランチタイムを終え、
休憩を挟みディナータイムが始まる時間になっていた

「いらっしゃいませ」

ポツリポツリと席が埋まっていった
客層は、どちらかと言えば女性が多い
そんな中、6名の黒服集団が来店。場の空気が変わった

「予約していた海藤だ」

眼鏡をかけた体格の良い男が告げた
スタッフとして、つくしの護衛にあたる柴崎が
警戒するように身構えている

「海藤甚一郎か・・・」思わず口をついた

黒服集団に取り囲まれた老人は
仕立ての良いスーツを着て
オールバックにした銀髪をポマードで固め
彼が生きてきた歴史を物語る様な
深く刻まれた皺は、お世辞にも人が良さそうには見えなかった

「お待ちしておりました」

支配人が上品な笑みを携えて男達を席まで案内する
連なって歩く様子を柴崎は目で追った
やはりそうか・・・なぜここに・・・
ただの客として来たのか?それとも・・・
厨房に戻った柴崎は、つくしに向かって何があっても
フロアに出てはならないと言ってきた
つくしは戸惑い、理由を聞いてきたが柴崎は答えなかった

一瞬ざわめいた店内も落ち着きを取り戻し
ピアノの生演奏が、シューベルトのアヴェマリアを奏でていた
揉め事を起こすのではないかと思われた海藤も
静かに食事を楽しみ取りまきの男達と談笑している
ここを訪れたのは、彼の喜寿の祝いで、店からサプライズとして
花束が用意されていた

「オーナーとシェフを呼んでくれないか」

デザートを運んで来たギャルソンに海藤が声をかけた
かしこまりましたと一礼し厨房に戻って来て、その事を伝えた
シェフと支配人が厨房を出ようとした時、つくしが声をかけた

「オーナーは私です。私が行きます」

揉め事になれば、ふたりが
責任を取らされるかも知れない。自分が、ここを離れても
店が潰れることはない。司が大切にしている場所とスタッフを
何がなんでも守りたい気持ちがあった

「大丈夫です」

この手の客あしらいは支配人の方が慣れている
それでも、つくしは自分が行くと一歩も引かなかった
根負けした支配人が渋々承諾し、つくしは上着を羽織
男達のテーブルへと歩いて行った

「ようこそお越し下さいました」

「俺は、オーナーとシェフを呼べと言ったんだ
 なんだ、この小娘は」

ガタイのいい眼鏡の男が苛立ちながらつっかかって来た

「申し遅れました。この店オーナーをしております
 牧野です。こちらはチーフシェフの衣川です」

そう言うと頭を下げた

「ほーーう。こんな可愛らしいお嬢ちゃんが
 切り盛りしているとは」

見透かされているような海藤の言葉に
つくしは、ギュッと手に力がこもった

「久しぶりに旨い食事をした
 ひと言礼を言いたくてね。花束まで頂いて、ありがとう
 来月、私の妻の誕生日なんだが是非、ここで祝ってやりたい
 席は空いてるかね?」

「お褒め頂き、光栄でございます
 奥様の誕生日の席をご用意させて頂きたいのですが
 あいにく、3ケ月先まで予約が埋まっております」

「聞こえなかったのか、小娘。会長は来月と
 おっしゃっているんだ」

「どのお客様も事情を話して、お待ち頂いております」

「そこを何とかしろと言ってるんだ」

「お越し下さるお客様に優先順位はございません
 ご要望に添えず申し訳ござません」

「奥様は、ご病気で・・・」

「もういい・・・なかなか度胸のあるお嬢ちゃんだ」

「恐れ入ります」

「今回は、諦めよう。無理を言ってすまなかった」

海藤は満足げな笑みを浮かべた

厨房に戻るとスタッフ達がなぜか拍手をして
つくしを出迎えた
ことの成り行きをフロアで見守っていた柴崎は、
生きた心地がしなかった
小競り合いがあったものの、海藤一行は
いちゃもんをつける事も無く店を出て行った
ディナー客が全ていなくなり、後片付けをした後
柴崎とログハウスに戻ったつくしが海藤の事を聞いてきた

「あのお爺さん、偉い人なんですか?」

「あの男は名の通った仕手筋です」

「仕手筋?」

「特定の株銘柄に狙いをつけて大量に買いしめ
 意図的に株価を吊り上げ暴利を貪る。裏社会で
 海藤甚一郎の名を知らないも者はおりません
 陰のフィクサーですよ。名前を聞いただけで
 震えあがる人間も多い
 今は、現役を引退してはいますが、いまだ、影響力は大きい
 つくしを様、私は、卒倒しそうになりましたよ
 何かあってからでは遅い。司様が、ご心配されます」

「ごめんなさい」

「でも、私は、つくし様を見直しました
 海藤相手にひるまなかった。たいしたもんです」

「何も知らないって無敵ですね」

クスクスと笑うつくしに、これからは
無茶はしないで欲しいと柴崎に頭を下げられ反省した
念の為、海藤が来たことを西田に連絡しておいた
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