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鍾愛 102

「六本木のレジェンドは、私が探りを入れてみます」

あきらが情報をもたらしたクラブレジェンド
そこに、椎名の長男正樹が出入りしていると言う
司では目立ちすぎる。怪しまれないよう
自分が行くと広野が偵察を引き受けた
あの夜以来、司と広野は連絡を取り合うように
なっていた

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海藤は、一ノ瀬を使ってコントラトゥールに
予約を入れたが相変わらず満席で席はとれず
キャルセル待ちなら、お受け出来ますとの対応に
それで良いから空きがでたら連絡して欲しいと伝えた
あれから1週間。海藤が思っていたより早く
その機会は訪れた
ランチタイムなら席が用意できそうだと
連絡が来たのだ。目的は食事ではなく警戒心を持たず
つくしと話をする事
昼に合わせて来店すると伝えた

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました
先日は、突然押しかけて大変失礼致しました」

非礼を詫びてから海藤と一之瀬を席に案内した
つくしにとっては店を訪れれる大切な客
護衛している柴崎にしたら油断出来ない厄介な
相手としか思えない
のこのことやって来て文句のひとつでも
言いたいところだが、騒ぎ立てる理由も無い
ただ黙って事の成り行きを見るしかなかった

「柴崎さん、そんなに睨まんでくれ
せっかくの私の楽しみが台無しになる」

フロアにいた、柴崎の前を通り過ぎ際
からかうように海藤が言葉をかけてきた
眉間に皺を寄せ、返事代わりに
精一杯の不快感を表す彼を見て
それがどうした▪▪▪と軽くあしらうような
笑みを浮かべ席に向かった

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「ずいぶん、渋い時計をしてるね」

会席料理なら先付にあたる、アミューズを
テーブルに運んできたつくしの左手首に目をやる
父望の形見である腕時計が守り神のように存在感を
醸し出していた

「あっ、これですか?父の形見なんです」

「ほーう。父上の・・・私も時計には拘りがあってね
 見せてもらっても良いかね」

バックルを外し、文字盤が正面に来るようにして
海藤に手渡した
彼は、興味深そうに、念入りに時計を見ている

「これは今では手に入らない貴重なものだ
 大切に使うといい」

ありきたりの言葉を添えて、つくしの手の中に返した

「食事が終わったら庭を案内してくれんか?」

「かしこまりました。でも、陽射しが強いので
 全部は、ご案内出来ないと思います。それでもよろしければ」
 
「構わんよ。この庭の眺めは素晴らしい
 今度、いつ来れるかわからんから」

大きな窓から見える青々と茂る芝生と
孤立させるほどの風格をかもしだす
シンボルツリーのヤマモモが真っ赤な果実を
実らせはじめていた
つくしは、にっこり笑い会釈して席を離れた

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海藤と一之瀬は静かに食事を楽しみ
険しい表情を崩さない柴崎と時折目が合った

「海藤さんが、お庭を見たいとおっしゃるので
 案内してきます」

「ちょっと待って下さい。それなら他のスタッフを・・・」

支配人と柴崎に店を離れる事を伝えに来たつくしに
慌てたのは、柴崎だった。海藤と一之瀬と共に
広い庭に出すことは、肉食獣の檻の中に草食動物を
放すようなもの。許可はできないと柴崎が食い下がってきた

「私にとおっしゃってます
 心配はいりません。大丈夫です」

宥めるように柴崎を説得した

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「これを首に巻いて下さい。
 お洋服を汚してしまうかも知れませんが」

庭を散策したいと言った海藤は高齢だ
初夏とは言え、陽射しは容赦なく照りつける
熱中症予防になればと真新しいタオルを
冷蔵庫に入れ冷やしておいた

「お嬢ちゃんは、気が利くね
 孫みたいな可愛らしい女性とデートを楽しむのに
 後ろにいる男は、風情を壊す。
 人払いをしてくれんか?」
 
柴崎と一之瀬が少し距離をあけて並んで立っていた
つくしは、コクリと頷き、大丈夫だと目で合図を送る

「君が期待するようなバイオレンスを
 私は望んではない。出来ることなら、
 この可愛らしいお嬢ちゃんとのロマンスだよ」

海藤らしい揶揄で、手は出さないから安心しろと
伝えてきた

「行こうか」

「はい」

約束を守らなければタダではおかない
鋭い視線を送る柴崎に、海藤は気にする素振りも見せなかった

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日除け替わりの黒い大きなパラソルを広げたつくしは
海藤に陽が射し込まないよう自分の躰のほとんどを
陽に当て歩き出した
一列に並ぶブナの木にさしかかると店内に居たときは
気づかなかったクマゼミが
「シャッシャッシャッ」と鳴いている
身長が同じくらいのふたりは相合い傘の中で
静かな会話を交わしていた

「お父上は、いつ亡くなったんだ」

「私が物心つく前です」

「そうか。それは気の毒な事だ」

「養父母が実の娘の様に可愛がってくれましたから
 寂しい思いをせずにすみました」

「私には倅が二人いてね
 こんな物騒な父親はいらんと
 早くに家を出て行ってしまった。
 妻とは連絡を取っていたようだが、
 私とは接点がほぼない
 悪魔に魂を売った代償だ
 だが後悔はしていない」

そんなはずはない。あの時見た瞳の奥の寂しさは
海藤が失った大切な者への虚無感なのではないかと
同情してしまった

「お嬢ちゃん、君の一番大切なモノは何かね」

ブナ並木から木洩れ日が揺れる下で、
彼の自宅を訪れた時と同じ事を訊かれた

「お金は大切だと思います
でも、人を慈しむ心とか、大切な人を思い
守りたい気持ちが生きてく上であたしには必要なんです」

「司君の事か」

「彼もそうですが、あたしを思い心配して下さる人
みな同じ思いがあります」

「つまらん▪▪▪人と言うのはもっと生臭いものだ
欲望や嫉妬。妬みと良心を常に天秤にかけている
一歩間違えれば負の振り子が簡単に
良心を捨て去れるものさ
このブナの木も夏は色鮮やかな緑の葉を茂らせるのに
秋になれば黄葉に変わりやがて落ち葉となる
人の心も同じ。移ろいやすいものだ」

「移ろうからいいんじゃないんですか?
辛く苦しい事があっても同じ場所にとどまらず
歩き出せば、また新たな出逢いもあり
再生していける」

「なるほど▪▪▪そう言う考え方もある
司君の会社は1千億の借金を抱えている
勢いがあれば乗り切れるが、今の道明寺にな
その余力さえ残されておらん
彼は、椎名の娘と結婚するしかないんだよ
ひとつだけ彼を救う道があるとしたらどうする」

「あるんですか▪▪▪」

「お嬢ちゃんが消えることさ。そうすれば
私が司君を助けよう。覚悟が決まったら
屋敷に来なさい。そろそろ行こうか
あの男が待ちわびている」

遠くに柴崎の姿が見える
消えるとはどういう意味なのか
訊かずとも良い話でないことだけはわかる
初夏のエネルギッシュな太陽がギラつく時間
つくしは汗ひとつ流れ落ちなかった

ふたりがこちらに向かって歩いてくる
柴崎は、照りつける太陽と脂汗が入り交じり
ワイシャツの背中に大きな汗染みを作っていた
一之瀬は、駐車場に停めていた車のエンジン
をかけ窓ガラスを全開にすると
エアコンのスイッチをMAXにした
ハンドルまで熱をおびた車内が適温に下がる頃
つくしと海藤が戻って来た
一之瀬が後部座席のドアを開ける
海藤は、どっしりとシートに腰を下ろし
真っ黒なリアウインドウを上げた
招かれざる客を乗せた車が芝生に
タイアの痕を残して行った
つくしは、深々と頭を下げているのに
柴崎は、塩を撒いて清めたい気分だった

「いかがでした?」

一之瀬が訊いてきた

「お嬢ちゃんは、必ず屋敷に来る」

車窓から流れゆく街並を見ながら
自信ありげに呟いていた

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