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鍾愛 111

Barミスティの扉が開き、いらっしゃいませの声と共に
カウンターの指定席に坐っていた広野がクルリとチェアーを回して
ここだと右手を挙げた
珍しく、微かな微笑みを見せた司が広野の横に坐る

「いつもので宜しいですか?」

営業スマイルを携えたバーテンダーがオーダーの確認をしてきた

「ああ」

「お疲れさん。ちょっと痩せたんじゃないか?」

開口一番、心配した広野が訊いてきた

「そうですか?」

二つのタンブラーに年代物のウイスキーを注ぎ入れる
バーテンダーの所作を、ぼんやり眺めながら返事をした

「お待たせ致しました。ごゆっくりどうぞ」

と、言葉をかけるとその場を離れた
この店のウィスキーは、いつみても美しい
黒いカウンターテーブルに置かれたタンブラーを
司は、少しの間見つめていた

「来た早々、楽しくない話をしてもいいかな?」

「あっ、すみません。訊かせて下さい」

ハッとして我に返り、広野の横顔を見た

「あのクラブで、若い女の子に声かけられて
 後日、居酒屋で会った事は、話しただろ?
 こっちが探りを入れてるつもりが、探りを入れられてた
 警察と間違えられてたようだ
 まぁ、そうなるわなぁ。イケイケのクラブに
 場違いなオッサンがひとりふらりと現れたんだから
 昨日は、椎名の長男坊はいなかったよ
 代わりに、その子が色々教えてくれた
 あの店が、取引に使われてる事は確かだな
 店のオーナーも正体不明だ
 正樹が初めて来たのは、丁度、一年前
 彼が社長の御曹子だと知ってクラブで一番人気の女が
 近づいて来た
 それをきっかけに正樹が足繁く通うようになったと話してた
 正樹の素性を知って、取り巻くグルーピーが出来て
 彼は、常にVIP待遇。声をかけられ仲間に入れるのは
 名誉な事だとも言ってた。俺の事を探れと、その子が
 クラブの女王様から命令されたんだって。こんな危ない場所に
 なぜ居るのかと訊いたら、あの店で顔パスが認められたら
 他のクラブでも、幅を利かせられるからだと・・・
 今の若い子は何を考えてるのかさっぱりわからん」

「どうして、そんな話を広野さんに?」

「俺の事を気に入ってくれたと言ってたな 
 歓迎されてないから、もう来るなと心配されたよ
 その後、つくしの行方は?」

氷が溶けてカランと音を立てたタンブラーを
手に取った広野は、ひとくち飲むと味わうように
喉奥に流し込んでいた

「海藤の屋敷に居ると思ってます」

「その海藤の事だけど、実在する人物なのか?」

「広野さんも、投資業界にいたならご存じでしょう?」

「有名人だからな」

「実在する人物って、どう言う意味です?」

「言い方が悪かったなぁ。本名かと訊きたかったんだ
 表舞台に登場する事がほぼない男だから
 名前は知ってても顔は知らない
 実は、銀座で海藤と呼ばれる男と会った事がある
 その男は、秋山さんだった」

「秋山?」

「ああ、親父の右腕としてなくてはならない存在だった
 親父は技術屋、お金に関してはからっきし駄目で
 その手の事は、秋山さんが一手にを引き受けてくれていた
 あらゆる方面からの資金調達、銀行の融資手続き
 あの人なくして会社が成り立たないってのが
 親父の口癖で、一番信頼していた人物だよ
 屋台骨が傾いて、最後まで残って残務整理までしてくれた
 あの夜、会った男は秋山さんだったんじゃないかと思ってね
 俺が高校生の時の記憶だから、あてにはならないけど
 どう考えても海藤が秋山さんな訳ないか・・・」

広野は自分に言い聞かせるように呟いた
彼は、西田が尾行した夜のことを話しているのだろう
海藤と秋山は、同一人物なのか?新たな疑問が頭をもたげた

「で、司くんは、その屋敷には行ったのか?」

「行きました。しがみつぶしに捜しましたが
 見つけられませんでした。あの爺さんは、暴○団とも
 繋がりがある。下手に動くことは出来ません」 

「無事だと確認する手段がないってのが厄介だ・・」

「すみません・・・」

「そんなつもりでいったんじゃないんだ」

「わかってます」

「俺は感謝してるよ。偶然の出逢いがなければ
 つくしの存在すら知らずにいたんだから」

「もう少し、付き合ってもらってもいいですか?」

「勿論・・・」

今夜は、酔いたい・・・
一人酒は、最悪のシナリオを連想させる
広野の存在は、押し潰されそうな心の葛藤を
分かち合ってくれる気がした

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「連絡は取れたのか?」

「はい、手筈は整っております」

海藤の問いに、納得いかなさそうな顔をした一之瀬が返事をする

「信憑性はあるのですか?」

「フランの嗅覚を馬鹿にするな
 警察犬も顔負けな特技があるとは思っても見なかったがな」

屋敷では、滅多に飲むことがない海藤が
一之瀬と一緒にグラスを傾けていた
満足げなその表情は、一之瀬を複雑な気持ちにさせていた

あれから、フランは、つくしの傍を片時も離れず
大好きな散歩にも行かなくなっていた
フランが可哀相だから、散歩に連れて行ってやりたい
それが無理なら、一緒に庭に出たいとつくしが訴えると
全部、お前のせいだ!とイラつく一之瀬に一喝され諦めた

「どうして、あたしのせいなの・・・」

自由を奪われ、小さな命が宿っている事も
司に伝えられないと言うのに、司を助けたと言う
話も聞いていない。それまでバレないようにしなければと
部屋から出ないようにしていた

翌日の昼下がり、空調が管理された室内では
外の暑さもわからない。分厚い窓は蝉の鳴き声も
聴くことはできなかった
真向かいの家の屋根に設置されたソーラーパネルが
夏の強い日差しを浴びて眩い光を放っている
気温が上がっている事を知る術がソーラーパネルとは
こんな状態がいつまで続くのか窓から見える
小さな世界にため息が漏れた

パンパンパンパン

乾いた音が住宅街に響き渡る
海藤邸に銃弾が数発撃ち込まれる事件が起こった
辺りは騒然とし、パトカーがけたたましいサイレンを
鳴らしながら近づいてきた
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