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73回目の終戦記念日

こんにちは
いつも、お越し下さりありがとうございます
今日は、73回目の終戦記念日です

中学生の頃、読んでみなさいと今は亡き母から手渡されたのは
はだしのゲンでした
あまりにもリアルに描かれていた漫画で衝撃を受けたのを
今でも覚えています
ありきたりの言葉ではありますが
二度と同じ過ちをおかしてはならない
たくさんの尊い命が犠牲になった事を忘れてはいけない
そう思い二次には相応しくない戦時中の話「50年目のラブレター」を書き始めました
このお話しは、時間がかかっても完結させたいと思っております

ネットからお借りした写真と文章を添付させて頂きます
25歳の植村大尉が愛娘素子さんに残されたお手紙です

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植村眞久 海軍大尉
享年25才

20180815121807229.jpg



素子、素子は私の顔をよく見て笑ひましたよ。
私の腕の中で眠りもしたし、またお風呂に入ったこともありました。
素子が大きくなって私のことが知りたい時は、お前のお母さん、住代伯母様に私の事をよくお聴きなさい。
私の写真帳も、お前の為に家に残してあります。
 素子といふ名前は私がつけたのです。素直な心のやさしい、思ひやりの深い人になるやうにと思ってお父様が考へたのです。
私はお前が大きくなって、立派な花嫁さんになって、仕合せになったのをみとどけたいのですが、若しお前が私を見知らぬまゝ死んでしまっても決して悲しんではなりません。

お前が大きくなって、父に会いたい時は九段へいらっしゃい。
そして心に深く念ずれぱ、必ずお父様のお顔がお前の心の中に浮びますよ。
父はお前は幸福ものと思ひます。
生まれながらにして父に生きうつしだし、他の人々も素子ちゃんを見ると眞久さんに会っている様な気がするとよく申されていた。



またお前の伯父様、伯母様は、お前を唯一つの希望にしてお前を可愛がって下さるし、お母さんも亦、御自分の全生涯をかけて只々素子の幸福をのみ念じて生き抜いて下さるのです。
必ず私に万一のことがあっても親なし児などと思ってはなりません。
父は常に素子の身辺を護って居ります。

優しくて人に可愛がられる人になって下さい。
お前が大きくなって私の事を考へ始めた時に、この便りを読んで貰ひなさい。

昭和十九年○月吉日父 植村素子ヘ

追伸、

素子が生まれた時おもちゃにしていた人形は、お父さんが頂いて自分の飛行機にお守りにして居ります。

だから素子はお父さんと一緒にいたわけです。
素子が知らずにいると困りますから教へて上げます。
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  • Ranmaru*
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Re: No title

 か**り様

こんばんは。お返事が遅くなり申し訳ございません
いつも、お越し下さり、ありがとうございます

特攻隊の記念館に立ち寄られたんですね
私も、江田島と記念館には行きたいと思っております
25歳の若者が書いたとは思えない文面に切なくなります
愛娘さんに向けた愛情で溢れています

神風隊の皆様の寄せ書きの中で
「男として生まれ男として散る」と書いてありました
こんな言葉を20いくかいかないかの若者が 書かなければならなかった
ご両親、婚約者、奥様の身を案じながら出撃されて行った時代背景に
今の私は、涙を流すことしか出来ないです
類が、まだ登場してないので、時間がかかっても完結させたいと
思っております 





😭😭😭😭😭😭

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